開鼻声や脳卒中後の発声障害にお悩みの方へ
「話しているのに、声が鼻に抜けてしまう…」「脳卒中の後、発声がうまくできず会話が難しい…」そんな悩みを抱えている方にとって、スピーチエイドは大きな希望となる可能性があります。
開鼻声(かいびせい)は、蓄膿症による鼻詰まりとは異なり、口蓋や咽頭の筋肉の機能低下によって引き起こされる症状です。特に、脳卒中や神経疾患の影響でこれらの部位がうまく機能しなくなると、声が正しく共鳴せず、鼻に抜けるような話し方になってしまいます。開鼻声に対する誤解は多く、原因を知らずに適切な対策を取れていない方も少なくありません。
こうした症状の改善に役立つのが「スピーチエイド」です。スピーチエイドは、歯科医療でも広く使われるアクリルレジン製の装置で、患者さん一人ひとりの口腔の形状に合わせてオーダーメイドで作られます。発声を補助し、鼻に抜けてしまう声を改善することで、より明瞭な発音をサポートします。
スピーチエイドに精通する藤田先生によると、この装置は手術を検討する前の段階で発声機能を維持する手段としても有効であり、手術に踏み切れない方にとっては現実的な選択肢となるとのこと。また、装着が合わなければ取り外しができるため、試しながら調整できる点も患者さんにとって安心材料となるそうです。
本記事では、藤田先生の専門的な視点から、スピーチエイドの仕組みや効果、装着時の注意点について詳しく解説します。開鼻声の正しい知識を学び、発声の悩みを解決するための第一歩を踏み出しましょう。
監修者
藤田歯科医院 藤田 義典 院長
藤田歯科医院の院長・藤田先生は、「歯医者が苦手」な自身の経験を活かし、痛みや不安を抑えた治療を提供。虫歯治療や矯正、訪問診療に加え、スピーチエイドや嚥下障害のリハビリにも対応し、地域の皆さまの健康を支えています。
スピーチエイドとは一体何か

スピーチエイドを使ってほしい方の症状はどんな症状でしょうか?またその原因は一体何でしょうか?
開鼻声の原因は、口腔や咽頭周辺の筋肉の機能障害にあります。具体的には、軟口蓋、咽頭側壁、後壁などの動きが制限されることで起こります。例えば、脳卒中後や頭部外傷後などの神経筋機構の障害による運動障害や、放射線治療、外科的処置の後遺症として起こることがあります。そういった方々にとって、スピーチエイドは大きな希望となる可能性があります。
上記のように開鼻声の原因はいろいろありますので、開鼻声の症状がある方は、耳鼻咽喉科や歯科・口腔外科に受診して診断してもらう必要があります。
スピーチエイドはどんな素材を使っているんですか?
スピーチエイドに使われる主な素材は、アクリリックレジンというものおよび、コバルトクロム合金製の針金です。この素材は歯科医療の分野で広く使用されており、信頼性が非常に高い素材です。
アクリリックレジンは、義歯や矯正装置を作る際にも使用される素材です。柔軟性と耐久性のバランスが優れており、口腔内で長時間使用しても問題がないとされる素材です。
コバルトクロム合金は義歯や矯正装置を口腔内に装着できるようにするための針金として使われます。
スピーチエイドの硬口蓋部は、患者さんの口腔の型をとったり3Dスキャンすることにより、オーダーメイドで可及的にフィットするように作られます。つまり、できるだけ違和感なく装着できように作成します。
軟口蓋部はイニシャルノッチという突起を硬口蓋部に付与してからそこにアクリリックレジンを徐々に盛りたして作成します。この軟口蓋部が実際に機能する部分ですので、完成させるためには開鼻声の改善度や鼻咽腔閉鎖機能を検査しながら何回かかけて完成にいたります。
装置は丈夫で長期間使用することができ、比較的容易に清潔に保つことも可能なので、メンテナンスの面でも患者さんの負担が少ない特徴があります。
編集部
スピーチエイドとパラタルリフト、またホッツ床の違いは?
藤田 義典 院長
確かに、同じように見えますよね。それでは、各機器をわかりやすく解説しますね。
ホッツ床は、口唇口蓋裂で生まれた赤ちゃんがスムーズにミルクを飲めるようにサポートする装置で生後まもなく作成します。口腔と鼻腔をわけることで安全に哺乳しやすいようにする役割があります。上顎の成長を促す目的でも使用されるので、成長に応じて何度か調整します。これは、構音をサポートするスピーチエイドとは全く異なる目的の装置です。
パラタルリフト(PLP:Palatal Lift Prosthesis)は、軟口蓋挙上装置の英語表記の略称で、広義のスピーチエイドの一つの形式です。軟口蓋を最初から持ち上げることで、少ない筋力で鼻咽腔閉鎖ができるように軟口蓋の動きをサポートする、あたかも松葉杖のような働きをします。
(狭義の)スピーチエイドは、以前はスピーチバルブともよばれ、軟口蓋や咽頭などの実質欠損があったり、軟口蓋を挙上しても鼻咽腔閉鎖が達成できない方に用いられました。会話をよりはっきりさせ、食べ物が鼻に漏れるのを防ぎます。現在は、スピーチバルブではなく後述するBulb-PLPが多く用いられます。
すなわち、口唇口蓋裂術後の方や口蓋や咽頭の手術を受けた方で軟口蓋の長さが足りない方にはPLPにバルブを付与したBulb-PLP、脳卒中後の方やもともと軟口蓋の長さがしっかりある方はPLPを使用します。
従って、スピーチエイド(広義)とは、話をする際に口の中に息を保てずに鼻に漏れてしまう(開鼻声になる)方のための装置の総称で、患者さんの状態によって形態が異なるということです。
スピーチエイドの数が少ないというのはどうしてなんでしょうか?
スピーチエイドの数が少ない理由は、そもそもこの装置を必要とする患者さんが限られているからなんです。たとえば、口唇口蓋裂の手術を受けた後、開鼻声を含む口蓋裂術後構音障害の原因となる鼻咽腔閉鎖不全の症状を呈する場合があります。最近では手術技術が向上しており、こうした症状を呈する患者さんは以前に比べて大幅に減っています。また、言語聴覚士のサポートで鼻咽腔閉鎖機能を高めることができるようになってきました。その結果、スピーチエイドを必要とする患者さんは減ってきたと言われています。
さらに、スピーチエイドを利用する患者さんは、スピーチエイドを装着して言語訓練をし、鼻咽腔閉鎖機能が向上する場合を除き(=機能の向上がとまったときに)、ずっとスピーチエイドを用いるのか、最終的に「咽頭弁形成術」という手術をされるかという選択になります。この手術によってスピーチエイドを装着しなくてもほぼ開鼻声を改善することができるため、長期間スピーチエイドを使い続ける患者さんは減ってきているという現状があります。手術後の安定した機能を期待するためには術前に鼻咽腔閉鎖機能を可及的に高めておくとよいとされており、そのためにもスピーチエイド装着は勧められています。
また、運動障害性構音障害の患者さんにもスピーチエイドが適用できる場合がありますが、広く知られていないため、リハビリの計画を策定する際の選択肢に入っていないのが現状です。
スピーチエイドの可能性と実感
スピーチエイドをされていて心に残るエピソードはございますか?

心に残るエピソードは本当にたくさんありますが、やはり患者さんが「スピーチエイドを使ってよかった」と言ってくださる瞬間が一番嬉しいですね。たとえば、装置をつけ始めてから構音が改善し、会話がスムーズになったと笑顔でお話しされる方を見ると、「この仕事をやっていてよかった」と心から思います。
スピーチエイドの作成や調整は簡単ではありません。一人ひとりの患者さんに合わせて完全にオーダーメイドで製作しています。その中で、効果を期待する軟口蓋部の形状については「軟口蓋を挙上する高さや軟膏外部の幅や長さなどの形状がこの患者さんにとっては最適であろう」と考えながら、その調整を内視鏡をみながらであったり聴覚的な印象であったりで微調整を重ねて完成にいたります。完成した後も定期的に微調整を繰り返してよい状態をキープしてもらうようにしています。
装置をつけた最初のころは、「ご飯を食べにくい」「飲み込みが大変」といった声もいただきます。そのため、定期的に細かく調整を行い、少しでも快適に使っていただけるようにします。装置の修理や作り直しが必要になることもありますが、このような対応をすることで、患者さんが安心して日常生活を送れるようサポートしていきたいと思っています。装置よって機能が改善し、なおかつ安定して装置が使えるようになったときは「完成した!」と、心の中で小さくガッツポーズしています。
また、患者さんが装置の使用を通じて「自分の声が変わった」と自信を持てるようになっている姿を見ると、本当にやりがいを感じます。これは単なる装置の提供ではなく、患者さんの生活の質を向上させる一助になれていると実感できる瞬間ですね。
その他、成人して仕事に就くようになって人前で大きな声で話す必要がでてきて困っていたが、スピーチエイドを装着すると大きな声で話すことができるようになった。電話での会話で聞き直されることが減った。など具体的なエピソードを聞くと生活の一部を変えることができたのかな?などとうれしく感じています。
先生が思うスピーチエイドの良い点は何ですか?
スピーチエイドの最大の利点は、軟口蓋の機能を補い構音を円滑にすることで患者さんの生活の質を向上させる点です。特に、鼻に抜けてしまって不明瞭だった声がクリアになり、会話がスムーズにできるようになるのは本当に素晴らしいことだと思います。たとえ最終的に手術を選ぶとしても、スピーチエイドを使うことで手術までの間、機能を維持したり軟口蓋周囲筋のトレーニングができるのは大きなメリットですね。
さらに、手術を受けるのが難しい方や踏み切れない方にとっては、スピーチエイドが現実的な選択肢となります。これによって、少しでも快適に日常生活を送れるようになるのはとても意義深いことです。また、この装置の特徴として、後戻りができる点も挙げられます。もし「装置を使ってみたけれど、自分には合わない」と感じた場合でも、取り外すことで元に戻ることができます。この柔軟性は患者さんにとって大きな安心材料になると思います。
ただし、スピーチエイドには課題もあります。たとえば、「装置の着脱が煩わしい」「食事や飲み込みが難しくなる」「定期的な来院が難しい」という理由で、途中で使用をやめてしまう方もいらっしゃいます。こうしたデメリットを最小限に抑えるために、装置の調整や患者さんへのフォローを丁寧に行うことが大切だと感じています。
スピーチエイドの将来性について
年齢関係はないとお答えいただいたのですが、最適の年齢はありますか?

スピーチエイドの装着に年齢の制限はありません。基本的にはどの年齢の方にも対応できる装置です。ただし適切なタイミングという意味では、脳卒中や頭部外傷などによる運動障害性構音障害の患者さんの場合、できるだけ早い時期に装着を始めるのが理想です。特に、麻痺が固定してしまう前、いわゆる「急性期(現実的には亜急性期)」と呼ばれる時期が効果的です。この時期を逃しても、退院までの間や入院中に装着を始めることで、早めのリハビリ効果を期待できます。
しかし、実際のところ(リハビリ担当の)病院の先生からスピーチエイドの作成依頼を受けることはほとんどありません。それはスピーチエイドが病院の治療計画に含まれていないことがほとんどのため、患者さんがその存在を知らないまま退院してしまうケースも多いのです。
そうなった場合どうすればいいですか?
現状では、スピーチエイドを広く普及させるための仕組みがまだ整っていません。ただ、改善の余地はあると考えています。たとえば、リハビリを専門とする病院の治療プランにスピーチエイドの選択肢を組み込むことができれば、状況は大きく変わるでしょう。具体的には、頭頸部の手術やリハビリの治療計画の中に患者さんに「スピーチエイドを作るかどうか」を選択してもらう項目をつくることです。装置の説明を十分に行い、患者さんが納得してもらえる環境が整えば、多くの方にとって有益になるはずです。
口唇口蓋裂の術後患者さんには一貫体系治療(保険治療)のなかにスピーチエイドの使用も含まれていますが、運動障害性構音障害の患者さんにはその選択肢がほとんどないのが現状です。この現状を変えていければ、もっと多くの人に役立つ治療になると信じています。
編集部
スピーチエイドをつくるのに、5万~6万程度だとお伺いしましたが合っていますか?
藤田 義典 院長
はい、そのくらいの価格です。ただしこの金額は保険適用外の場合の価格であり、その場合は全額自己負担となります。保険適用の場合は自己負担割合に応じた自己負担額になります。
編集部
治療の意味ならそこまで高くない気もしますが?
おっしゃる通り、治療の観点で考えれば決して高額ではないと感じる方もいらっしゃいます。ただ、実際の患者さんの立場を考えると、この金額以外にも負担となる場合が多くあります。運動障害性構音障害を呈する方は、食事や構音のほか、歩行や日常動作が不自由である場合が多く、また、仕事や収入面でも大きな変化の中にいらっしゃいます。そのような状況で、何度か受診するための治療費の他、交通手段、介護の方の予定を工面するのに負担がかかるためにスピーチエイドの治療について優先順位が下がってしまうことが少なくありません。
また、スピーチエイドの重要性やメリットについて十分に説明を受けていない患者さんが多いのも現状です。話すという機能は生活の中で非常に重要な役割を果たしますが、それが実感として伝わらないまま、「筆談やほかの機器で会話ができる」「今は全身のリハビリで精一杯だ」「苦痛を伴いながらならば今は話すことは必要なさそう」と判断されてしまうケースもあります。
このような状況を改善するためには、スピーチエイドがどれだけ患者さんの生活の質を向上させるかを、医療従事者がしっかり伝えることが重要だと思います。そして、最終的には全ての鼻咽腔閉鎖不全症の方にスピーチエイドが保険治療として認められることが理想です。
藤田 義典 院長(藤田歯科医院)
豊中市/緑地公園駅 徒歩3分
藤田歯科医院は、「虫歯予防」を大切にしています。 歯科医師なのに「歯医者が苦手」だからこそ「痛みや不安」が少ない方法を提案し、診療を進めます。お子さまからご年配の方まで、地域の皆さまの悩みが解決できるよう、虫歯治療や予防、矯正治療や訪問治療まで様々な治療が可能です。 また、スピーチエイドや嚥下障害など口腔機能のリハビリも行っています。皆さまの「日々の健康」を全力で守っていきます。
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