歯科医院を訪れるとき、私たちはつい「治療の上手な先生かどうか」だけに目を向けがちです。でも実は、それ以上に大切なのが、先生の人柄や、患者さんとの向き合い方ではないでしょうか。どんなに技術が高くても、話をしっかり聞いてくれなかったり、信頼関係が築けなかったりすれば、不安を抱えたまま通院を続けることになってしまいます。
今回は、神戸市中央区で長年地域に寄り添ってきた歯科医師の先生にお話を伺いました。開業から30年以上、1人の歯科衛生士さんとともに、変わらず患者さんを診続けてきたその姿勢には、技術や知識だけでは語れない、医療人としての“あり方”がにじみ出ていました。
この記事では、先生が日々どんな思いで診療に向き合っているのか、地域の高齢化や人手不足といった課題にどう向き合ってきたのか、そして患者さんとの間に生まれた心温まるエピソードまで、リアルな声をお届けします。
「どんな先生を選べばいいのか分からない」と悩む方にとって、医院選びのヒントになるはずです。地域医療の最前線で奮闘する先生の素顔に、ぜひ触れてみてください。
歯科医師になるために
荒垣先生が歯科医師を目指そうと思われたきっかけは?
そうですね、きっかけはやっぱり父の存在が大きかったです。父も祖父も歯科医師で、いわば歯医者の家系なんですね。高校生の頃だったと思いますが、「もし歯学部に進学したいならサポートするよ」と父に言われたんです。その言葉がひとつの後押しになって、「じゃあ、自分も歯医者になろうかな」と思うようになりました。
父は本当に昔気質な人でね。よくこんな話をしていました。「歯科の仕事って、どんなに大変な処置をしても、患者さんは『ありがとうございました』って笑顔で帰ってくれる。そういう仕事なんだよ」って。
そういうところに誇りを持っていたんですよね。患者さんの役に立って、直接『ありがとう』って言ってもらえる。そんな素晴らしい仕事をお前もやってみないかって、自然とそういう想いを感じさせてくれたんです。
おじい様というと、いつ頃のお生まれでしょうか?
祖父は明治生まれで、父は昭和2年生まれですね。祖父がうちの初代の歯科医師ですけど、実はこの場所で開業していたわけではないんです。ここでの開業は私が最初なんですよ。
実は、完全に一から開業したというのではなく、「継承」というカタチでした。私が所属していた歯科のスタディグループ、SJCDの先輩がいまして、その方が神戸と大阪で2つの医院を運営されていたんです。で、その先輩がボストン大学に留学されることになって、日本を離れるという話になったんですね。
それで「誰か継いでくれる人がいれば…」ということで、私ともう1人のSJCDの仲間で、私は神戸を引き継がせていただいた、という流れです。
来られる患者さんはどのような方が多いでしょうか?
やっぱり今はご近所の方が中心ですね。地域に根ざした医院として、近くの方が安心して通ってくださっています。
ただ、昔は遠方からも結構来ていただいてたんですよ。明石や垂水から来られる方もいらっしゃいましたし、もっと前には奈良の方から通ってくださっていた患者さんもいました。実は、以前奈良の歯科医院に勤めていたことがあって、そのときの患者さんがわざわざこっちまで来てくださることもあったんです。
今は、そうですね、いちばん遠い方で尼崎から通われてる方がいらっしゃるかな。でも、どこから来られるかよりも、信頼して通ってくださっているというのが一番ありがたいことですね。
どちらでお勤めされていたんですか?
奈良県の生駒にある木原歯科医院に勤めていました。そこは大学の同級生であり、親友でもある友人の医院です。すごく信頼できる人で、勉強熱心な方だったので、そこでの勤務はとても刺激的でしたね。
患者さんとの接し方、治療に対する考え方、いろいろなことをそこで学びました。今の自分の診療スタイルの基礎ができたのは、あの経験があったからだと思います。
歯科医院としての考え方とは
SJCDというお名前が出ていましたが、どんなグループですか?
SJCDというのは、簡単に言うと歯科の勉強会ですね。歯科医師が基礎を大事にしながら、常に新しい技術を学び続けるための場です。
多くの歯科医院では、例えば「この1本だけ治して終わり」というように、部分的な治療が多いんです。でも、SJCDの考え方は違います。お口の中全体を一つの単位、「1口腔単位」として捉えて、総合的に診断し、治療していく。つまり、たとえ1本の歯の治療であっても、全体を見たうえでバランスを考えて治療するんです。
そのためには、審美・インプラント・矯正の三本柱がとても重要になってきます。もちろん、保険診療だけでは限界がある部分もあるので、自費診療の知識や技術もしっかり身につけないといけない。そういう考え方を持って、日々努力しているグループです。
ちなみに、このSJCDの考え方は元々アメリカの先生が提唱されたもので、それを日本に取り入れて、今では全国に広がっているんですよ。
先生が診療のときに心がけておられることはありますか?
常に大事にしているのは、患者さんの健康を第一に考えることです。そのうえで、できる限り負担をかけないようにということを意識しています。負担というのは、金銭的なことだけじゃなくて、時間的な面や精神的な負担も含まれます。
患者さんの話をしっかり聞いて、「何がしたいのか」「どこまでならできそうか」を丁寧にすり合わせていきます。その上で、「うちで今すぐ治療しなくても大丈夫ですよ。でも将来的にこういうリスクがあるので、こういう治療が必要になるかもしれません」といった説明を心がけています。
人生いろんなタイミングがありますから、今は引っ越し前で忙しいとか、金銭的に厳しいとか、そういった理由で治療を見送る場合もあると思うんです。だからこそ「今じゃなくてもいい。でも、知っておいてほしい」というスタンスで、情報をきちんとお伝えするようにしています。うちで治療してもしなくても構わない。ただ、健康のために必要なことは、しっかりお話ししておきたいという気持ちです。
もっとこうなりたい、これがしたいといった理想像はありますか?
実は、もう自分の中では少しずつ「まとめ」に入っているというか、一区切りをつける時期にきているかなと思っています。
開業してからの最初の10年はとにかく手技やテクニックを磨くことに全力でした。その後の10年では、後輩の指導や勉強会での活動にも力を入れるようになりました。そういったことを経て、今は「患者さんのために、自分にできることをやり切りたい」という気持ちが強いです。
実際、研修会にはかなり前から関わらせてもらっていて、自分自身もずっと学び続けてきました。この医院を継承したのが1987年。卒業して6年か7年ぐらい経った頃でしたから、それまでは本当にひたすら勉強の日々でした。もちろん今でも勉強は続けていますが、「自分ができることは何か」を常に考えながら、最終的には患者さんの笑顔につながるような診療をしていきたいと思っています。
地域医療をささえるために
患者さんのために日々尽力されている中で、何かお困りのことはありますか?
訪問診療については、考えることが多いですね。
正直に言うと、今のところ訪問診療は行っていないんです。理由はいくつかあって、まず訪問に関する専門知識や技術がまだ備わっていないということ。そして、人とじっくり向き合って会話をするのがあまり得意な方ではないので、自信が持てないというのも大きな理由です。実際に患者さんのお宅へ伺って、その場で細かくやり取りをするというのが、今の自分には難しいと感じてしまうんですね。
ただ、高齢の患者さんが年々増えてきている現状を見ると、「何とかならないものか…」という気持ちにもなります。ヨタヨタと足元がおぼつかなく歩いて来られる方や、ストレッチャーに乗って来院された方もおられました。気持ちとしては訪問に行ってあげたいという思いはあるのですが、なかなか実現できずにいるのが現状です。
以前には代診の先生にお願いしていた時期もありました。その先生に訪問診療をお願いできたら…という気持ちもありましたし、もし今後医院を続けていく中で新たな先生をお迎えすることがあれば、そういった訪問対応をお願いできる体制を整えていきたいと考えています。
また、環境面でも課題があります。足の悪い方はやはり通院が大変で、近くにお住まいでもタクシーを利用されるケースが多いです。今朝も90歳を超えるご高齢の患者さんが来院されました。その方は開業当初からずっと通ってくださっているのですが、自宅から医院までは歩いて5分程度とはいえ坂道があるため、やはりタクシーを使われています。
この地域、青谷というところは高齢の方が多く、若い世代よりも年配の方が目立ちます。住宅地ではありますが、落ち着いた地域柄もあって、高級住宅も多く、高齢者が多く住まれているという印象があります。
人手不足については、いかがでしょうか?
やはり人手に関しては慢性的に困っている部分があります。開業当初は、歯科衛生士が2名、アシスタントも2名という体制でスタートしました。しかし阪神淡路大震災をきっかけに、スタッフの一人が退職されるなどの変化があり、現在は衛生士が1名という状況です。ただ、この衛生士さんは開業から32年間、ずっと一緒にやってくれている方なので、本当に感謝しています。
とはいえ、新しい衛生士さんを探すのは非常に難しくなってきていて、なかなか思うように採用できません。アシスタントに関しても、最近は面接の約束をしても当日来られなかったり、無断キャンセルされることも増えてきました。時代の流れもあると思いますが、今後はさらに採用が難しくなっていくんじゃないかと感じています。
研修会で知り合った若い先生の医院などでは、衛生士さんが5人も7人もいるという話を聞くと、正直うらやましいなと思うこともありますね。
印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
ある保険診療の患者さんで、おばあちゃんがいらっしゃったんです。入れ歯を作ったのですが、なかなかうまくいかなくて…。私としては「うまくいかなかったなぁ」と反省していたんです。
ところが、その方が亡くなられた後、息子さんが医院に来られて「母が心から感謝していました」とおっしゃってくださったんです。思わず胸がいっぱいになりました。結果としてうまくいかなかったとしても、気持ちが伝わっていたんだと思える瞬間でした。
また、子どもさんが小さい頃に通ってくださっていたご家族が、引っ越し後もわざわざ来てくださったこともありました。「先生のところでないとダメなんです」と言ってもらえたのは本当に嬉しかったです。中には手紙をくれた子もいて、自費診療などではないけれど、そういう“心の交流”が一番嬉しいですね。
患者さんとのコミュニケーションで感じることはありますか?
やっぱり相性ってあると思いますね。私と合わないと感じた患者さんは、数回の治療で来られなくなるケースもあります。でも、それは仕方ないことだと思っています。
一方で、うちの医院に長く通ってくださる方も多くいらっしゃって、その中には毎月欠かさず来院される方もいます。これは本当にありがたいことですし、何よりも衛生士の努力のおかげだと思っています。患者さんに対して丁寧に、できるだけ痛みを与えないようにと、細やかな心配りをしてくれていますから。
「こんな患者さんにはちょっと困ったな…」というエピソードはありますか?
正直なところ、あります。たとえば、自分本位な方や、こちらの話を全く聞こうとしない方ですね。衛生士が一生懸命説明していても耳を貸さない。そういう方に限って、こちらが何を言っても聞き入れず、不満ばかり口にするんです。
印象的だったのは、小さい頃から診ていた方が、大人になってクリーニングに来られたとき。衛生士が歯磨き指導をしても「もう無理です」とすぐに諦め、次に来たときには歯石がびっしり。でも本人は「ちゃんと磨いてるのに!」と怒って衛生士を責めたんですね。さすがにこちらとしても対応しきれず、お断りさせていただきました。
長く通ってくれる患者さんの多くは、うちの医院の雰囲気や考え方に共感してくださっている方ばかりなので、今後もそういった関係を大切にしていきたいと思っています。
良い歯医者を選ぶためには
患者さんが「いい先生」に出会うためには、どうすれば良いと思われますか?
やはり、口コミが一番信頼できる情報だと思います。ホームページに書いてあることは、どうしても“良い部分だけ”が出がちですからね。初めて行く医院であれば、実際に通っている人から話を聞いてみるのが確実です。
また、電話応対や受付の対応などでも医院の姿勢はある程度わかると思います。最近はセカンドオピニオンも一般的になっていますし、もし納得できなければ他の医院を選ぶというのも、患者さんの権利だと思います。
私は説明時に、「こういう診断してこうした方がいいと思いますけど、もし納得できないんだったら、違うところを選んでも大丈夫ですからね」と説明しています。診断には自信があるからこそだと思います。患者さんに、納得いただきながら治療をする方が患者さんのためになりますからね。
大切なのは、診断の内容にきちんと説明を添えること。何も説明なしに、レントゲンも見せてくれない、とにかく詳しく説明してくれない、納得してないのに治療が始まるようなところはちょっとやめておく方がいいと思います。歯科独特の難しい言い回しがあったりする場合には、ちゃんとかみ砕いてわかりやすいように説明しないといけないですよね。
そして、患者さんが納得した上で治療を進めること。それが、信頼できる医院の最低条件だと思っています。医院の設備や清潔感なども判断材料の一つになりますが、それ以上に「ちゃんと説明してくれるかどうか」が重要ですね。
最後に、患者さんへメッセージをお願いします。
お口の健康は、単なる歯の問題だけでなく、全身の健康にも深く関わっています。マスクで口元を隠せば済むという話ではなく、やはり根本的なところからしっかり治していくことが大切です。
患者さん自身が納得して治療を受けられるよう、しっかり説明してくれる医院を選んでいただきたいですね。そういった医院に出会えれば、きっと健康的な毎日が送れるようになると思います。

荒垣 一彦 院長(荒垣歯科医院)
神戸市中央区/灘駅 2番出口 徒歩14分
神戸市中央区にて30年以上にわたり地域医療に貢献する歯科医師。歯科医師の家系に生まれ、父と祖父の影響を受け歯科医師の道へ。大学卒業後、奈良県の木原歯科医院での勤務を経て、1987年に現在の医院を継承。以来、歯科医師向けの勉強会SJCDで培った「1口腔単位」で口腔内全体を診る総合的な治療を実践し、患者さんの健康を第一に考えた丁寧な診療を心がけている。長年ともに歩む歯科衛生士とともに、患者さん一人ひとりの「ありがとう」の言葉を喜びとし、地域に根ざした歯科医療を提供し続けている。