兵庫医科大学病院の歯科口腔外科で勤務されている歯科衛生士・竹林さんは、2024年で入職10年目を迎えられました。幼い頃に通っていた歯科医院の記憶と、看護師として働く母の背中を原点に、「手に職を」という思いから歯科衛生士の道を選んだ彼女。看護師という選択肢もあった中で、歯科衛生士として“病院で活躍する”働き方を模索し、現在は大学病院という高度な医療現場で、全身管理を必要とする患者の口腔ケアや学会発表、後輩指導、看護師への教育まで多岐にわたる業務を担っています。
竹林さんのキャリアの特徴は、大学病院での「臨床・教育・研究」という三本柱において歯科衛生士としての専門性を深め続けている点にあります。特に、術前・術後のリスク管理や全身疾患との関連をふまえた口腔衛生指導など、一般の開業歯科では経験しにくい高度な医療行為に携わる日々。その一方で、育児と仕事の両立にも工夫を重ねておられ、病院勤務のワークライフバランスの良さにも注目が集まります。
今回は、そんな竹林さんに、歯科衛生士を志した原点から大学病院での具体的な業務内容、働きやすさを支える制度面まで、幅広くお話をうかがいました。歯科衛生士としての新しいキャリアの形や、病院で働く魅力を知る貴重なインタビューです。
歯科衛生士になるために
歯科衛生士という仕事を選ばれた理由は?
私の母が看護師をしていたこともあり、「手に職をつけるのはいいことだよ」と勧められていました。私自身もその考えには共感していて、看護師と歯科衛生士のどちらにするか悩んでいました。実際に看護学校の見学に行ったときに、看護師の責任の大きさを目の当たりにして、自分には少しハードルが高いかなと感じたんです。
そんなとき、小さい頃に通っていた歯医者さんのことを思い出しました。「歯科衛生士という道もあるな」と思い、国家資格が取れることや手に職がつくことに魅力を感じて、この道を選びました。
実際に歯科衛生士になって、病院で働くようになってからも、看護師という仕事の魅力を感じることはあります。でも、歯科衛生士も病院で活躍できますし、クリニックで長く働き続けている友人もいます。様々な勤務形態があることから、「この仕事は続けやすいんだな」と実感しますし、子育てしながらでも続けられるのはありがたいですね。
クリニックと大学病院の違いが、子育てしながら働きやすい理由ですか?
そうですね。病院で働くことを選んだ理由の一つが、勤務時間の終わりが早いことでした。元々は16時45分までだったんですが、2024年度からは17時15分になりました。それでも、一般的なクリニックと比べると早く終わるので、子育てと両立しやすいと感じています。
あとは、土日がしっかり休めるのも大きなポイントですね。家庭の時間を大事にできるので、病院勤務を選んでよかったと思っています。
衛生士学校を卒業されてから、ずっと大学病院で働かれているのですか?
はい、2014年に入職して、今年で11年目になりました。就職活動の際に福利厚生を重視していて、育休や産休、有給の多さを確認したうえで選びました。
看護師の場合は夜勤もありますが、歯科衛生士はそれがないので、働く時間が規則的なのも魅力でした。学生の頃から「朝7時頃に起きて、17時には仕事を終える」という生活が理想だと思っていたので、その条件に合う職場を探していたんです。ちょうど求人があって、条件が良かったので応募しました。
医科大学病院の倍率は高いのですか?
私が受けたときは、10人ほどが応募していたので倍率は10倍くらいでした。でも最近は、クリニックのほうが人気があるように感じます。
クリニックのほうが給料が高く、週休3日など休みが多いところも増えています。ただ、勤務時間が長くて夜8時くらいまでになることもあります。それでも、休みが多く高給であるクリニックのほうが魅力的に感じる人が多いのかもしれませんね。
大学病院と歯科医院との違い
大学病院では具体的にはどういうことをされていますか?
2023年度は口腔外科学会で学会発表をさせていただきました。
日々の業務としては、入院中の患者さま、全身麻酔で手術を受ける患者さま、化学療法・放射線治療を行っている方の口腔ケアを行っています。お口の中が汚れたまま気管挿管をすると、肺に汚れが入り、肺炎を引き起こすことがあります。そのため、手術前に口腔清掃を行ったり、術後の口腔内チェックをしたりしています。 また、持病や薬の影響で一般の歯科医院では対応が難しい方の口腔ケアも担当しています。
兵庫医科大学病院にはう蝕や歯周病で来られる方はあまりいらっしゃらないのですか?
たまに健康な方で紹介状を持たずに来院されることもあります。一般の開業医さんで行えるような治療の場合は「かかりつけの歯科医院で治療してください」とお断りすることもあります。 一方で、血液をサラサラにする薬を服用している方の抜歯など、一般の歯科では対応が難しい処置をこちらでは行います。
一般の歯科医院とこちらでのお仕事はかなり違いますか?
そうですね。全身疾患をお持ちの患者さんが多いので、既往歴や服薬歴をしっかり確認しながら評価し、治療を進める必要があります。 ただ、歯科衛生士としての基本的な業務は同じで、口腔清掃や指導も行います。例えば、手術前後の清掃時には歯ブラシ指導を行ったりします。少し開業医さんと違うところは、術後に起こり得る合併症を話し、予防できるように対策を練ったりしますかね。 また、インプラント手術を控えた患者さんの術前評価・清掃・歯ブラシ指導や、術後の定期メインテナンスにも携わっています。
当院では「臨床・教育・研究」の三本柱で業務を行っています。教育の面では、新人歯科衛生士の指導だけでなく、病棟の看護師さんにも「手術後の患者さんの口腔ケアはこうしてください」と指導することもあります。
病院内で臨床・教育・研究に携わっておられる方はどのくらいいらっしゃいますか?
歯科衛生士は6人おり、それぞれが臨床・教育・研究の業務を担っています。 研究は、みんなで1つのテーマに取り組むこともありますし、それぞれが担当する場合もあります。 「臨床・教育・研究」という形で、歯科衛生士も病院でしっかり活躍できる環境が整っています。
出産の際などの福利厚生についてはどう思われますか?
こちらでは産休・育休をしっかり取得させていただきました。2人の子どもを出産したので、合計で3年半ほどお休みをいただきました。
歯科衛生士の働き方について
1人目の育休から復帰したときに困ったことはありましたか?
1人目の育休から復帰するとき、すでに2人目を妊娠していたんです。 歯科衛生士の人数が多くないため、私がまた抜けることで周りの負担が増えてしまうのではと心配していました。
また、生活リズムがガラッと変わるので、保育所への子どもの送り迎えが大変でした。特に、朝送り出したときに泣かれると、家に帰ったときにすごく寂しく感じてしまって…。「本当に復帰してよかったのかな」と悩んだこともありました。
業務面では、長く休んだことで「インプラントの準備ってどうするんだっけ?」と忘れていることもありましたが、メモを見返すと意外と思い出せました。むしろ、少し離れたことで客観的に仕事を見られるようになった部分もありました。
育休後に復帰しない歯科衛生士さんも多いと聞きますが、その原因は何だと思いますか?
「本当に戻っていいのかな?」という気持ちになるのだと思います。 特に、子どもが1歳のときに復帰する場合、「この時期に仕事に戻るのは子どものために良いのか」と悩んでしまう方が多いのではないでしょうか。
例えば、子供が中学生くらいの場合はいかがですか?
10年くらいのブランクがあるということですね。
衛生士の仕事ができるか不安に感じるという話もありますがどうなんでしょう。私の周りでは、辞めたまま復帰していない方もいますが、続けている人が多いです。その医院のスタイルによる部分も大きいですが、10年ほど同じ医院に勤めている衛生士が多く、重宝されている印象があります。どんなシフトでも柔軟に対応できる職場は魅力的だと思いました。私は一度長期の休みを取りましたが、もう一度復帰してみようと思い、今に至ります。復帰は大変でしたが、やりがいも感じています。
ずっと専業主婦の方もいますが、「短時間で復帰したい」と考える人も多いです。衛生士の技術面に不安を感じるというよりかは、勤務形態で悩むことが多いですね。
例えば、クリニックの勤務時間が遅めの場合、「パートならできるけれど、正社員は難しい」といった悩みがあります。私も現在フルタイムで働いていますが、小学校低学年まで確実に時短勤務が可能であれば助かると思います。現在、国の制度では3歳までの時短勤務が一般的ですが、これが小学校3年生くらいまで延長されると、より働きやすくなると感じます。
こちらの病院の先生方について教えてください。
現在は若い研修医の先生を含め20名います。
特に、岸本教授は薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)に関するポジションペーパーを作成されており、顎骨壊死の治療で有名です。そのため、開業医の先生方も参考にされており、県外から来院される患者さんもいらっしゃいます。
歯科衛生士からみた良い歯医者とは
竹林さんが考える「良い歯医者さん」とは?
やはり、コミュニケーションがしっかり取れる歯医者さんですね。歯科医院に患者として行った友人の話を聞くと、「先生が説明してくれたけど、よく分からなかった」という話をよく耳にします。説明不足というわけではないかもしれませんが、治療の内容をしっかり伝え、患者さんの質問に丁寧に答えることが大切だと思います。
もちろん、治療の技術も重要ですが、患者さんが安心して通えるかどうかは、コミュニケーションが鍵になると考えています。
当院でも、手術前の患者さんに対して「なぜ歯科治療が必要なのか」という説明をしっかり行っています。例えば、手術の際に気管挿管が必要な場合、ぐらついている歯があると抜け落ちる可能性があるため、事前に抜歯をしたり、隣の歯と固定、マウスピースの装着などを必要とすることがあります。そうした説明をしっかり行うことで、患者さんも安心し納得してくれます。
歯科衛生士も同様に、必要な情報をしっかり伝える役割を担っています。例えば、口腔内の汚れがひどい患者さんに対して、「口腔内が汚染すると全身にもリスクがあるので、しっかり清掃しましょう」と説明をしています。
働きたいと思う理想の歯科医院は?
私は、まず勤務形態を重視します。小さい子供がいるため、小学校に上がった後も不安があります。現在の職場は比較的早く終わるのですが、小学校低学年まで時短勤務が可能であれば、より働きやすいと感じます。
また、有給休暇が取得しやすく、子供の急な発熱時にも柔軟に対応してもらえる環境はとてもありがたいです。しかし、毎日17時15分までの勤務は少し大変に感じることもあります。もう少し家のことに時間を割きたいと考えることもありますね。
歯科衛生士の定着率が悪い原因は、主に「時間」の問題ですか?
そうだと思います。昼の休診を短くして、最終診察時間が短くなれば嬉しいですね。
勤務先と自宅が近く、夕飯の買い出し・準備などができたらいいですね。
こちらの病院は、他のクリニックと比べて時間の面では良いですか?
はい。そのおかげでフルタイム勤務が可能になっています。
クリニックの場合、歯科衛生士が2〜3人で回していることが多く、有給休暇を取りにくいことをお聞きします。この病院には常勤の歯科衛生士が6人いるため、ギリギリではありますが有給の取得が可能な体制になっています。現在の有給取得率は100%なので、働きやすい環境だと思います。
今までの患者さんで何か困ったエピソードはありますか?
点滴などをつけたまま移動される患者さんもいらっしゃいます。リハビリや歩行訓練をしていても、車いすから診療用の椅子へ移る際の「移乗」は大変です。4月になると毎年、理学療法士さんと連携し、介助の仕方について指導を受けています。普段は歯科衛生士2人で対応したり、必要に応じて先生や看護師の手を借りることもあります。
大学病院ならではの機材はありますか?
超音波で骨を切削するバリオサージ、YAGレーザー、CO2レーザーなどがありますね。
口内の細菌数を測定する装置などもあります。また、医科用のCTやMRIなども他科にありますので、炎症や骨折で来られた方への対応も可能です。また、バイタルをチェックするためのモニターもいくつかあり、管理が必要な方に装着が可能です。
入院患者さんのう蝕治療はどのように行っていますか?
手術前にう蝕が深かったり、口腔内が不潔な状態であれば、応急処置としてう蝕を削って埋めることはあります。入院期間を確認し、必要であれば治療を継続しますし、短期入院であれば、かかりつけ歯科への逆紹介を必ず行うように連携を取っています。
患者さんに歯科衛生士として伝えていることはありますか?
歯科定期受診の重要性を伝えています。手術のために来院されているので大変だとは思いますが、長期間歯科受診されていない方と、定期受診されている方の口腔内は大きく違います。感染源が多くあったりすることがあるので、これをきっかけに定期的な歯科検診を受けてほしいとお話しします。退院後も、体調が落ち着いたらぜひかかりつけ歯科医院に行ってください、と伝え、必要があれば紹介状も作成し、またかかりつけ歯科がない方はこちらからお探しして紹介をします。
町の歯医者さんと連携がとれると理想的ですね。
かかりつけ歯科医院がない場合、どのように紹介していますか?
例えば西宮にお住まいなら、西宮市歯科医師会に所属している歯科医院をご案内します。歯科医師会に入っている医院は、私たちもある程度情報を把握しているため、安心感があります。また、患者さんの住所と通院しやすさを考慮し、いくつかの候補を提示します。
一番大切なのは、無理なく通えることなので、近い医院を優先的におすすめしています。こだわりのある方には、それに合った医院を紹介することもあります。
歯科医院を探している方へアドバイスをお願いします。
一番のポイントは「通いやすさ」です。距離や診療時間を考慮し、無理なく通える医院を選ぶことが大切です。定期検診が目的ならクリーニングを実施している医院で十分ですが、ホワイトニングを希望する場合は、その施術を行っている医院を選ぶとよいでしょう。 また、ホームページなどがある場合は、私もよくチェックします。
患者さんと一緒にホームページを確認し、「この先生は優しそう」「説明がしっかりしていそう」といった印象を共有しながら医院を選ぶこともあります。
医院選びの際は、写真の印象や予約の取りやすさもチェックポイントになります。特に、夜遅くまで仕事をしている方には夜間診療を行っている医院をおすすめしますし、バリアフリーを重視する方には階段のない医院を紹介することもあります。
ホームページの情報が充実している医院のほうがよいでしょうか?
そう思います。
例えば、近くに2つの医院があった場合、ホームページのある医院のほうが情報がわかりやすいので、患者さんにも説明しやすいです。逆に、ホームページがないと「どんな医院かわからない」ということになり、印象がつかみにくいですね。
もちろん、近所の評判が良ければ、ホームページがなくても選ばれることはありますが、多くの方は事前に情報をチェックしたいと考えるので、ホームページの有無は医院選びの大きな判断材料になると思います。
ある程度情報がある方が、患者さんも私も判断しやすいなと思います。

竹林 香菜 歯科衛生士(兵庫医科大学病院)
歯科口腔外科/
兵庫医科大学病院 歯科口腔外科で歯科衛生士として勤務。2014年に同院へ入職し、全身麻酔手術や化学療法を受ける患者の口腔ケア、術前後の清掃指導、インプラント手術に関わる評価・メンテナンスなどに携わりながら、学会発表や新人教育、看護師への口腔ケア指導といった「臨床・教育・研究」の三本柱を実践している医療現場の第一線で活躍する歯科衛生士です。
その他情報
所属名 | 兵庫医科大学病院 |
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公式サイト | https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/ |